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ニュースとお知らせ

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投稿者 : 草加耕助 投稿日時: 2011-11-18 05:09:15 (2339 ヒット)

「中村和雄さんを市長にしよう!勝手連」賛同人募集

脱原発市長を京都から!!
ワーキングプアをなくし、安定して働き続けられる雇用を!


勝手連公式サイト:http://for-kyoto.net/
/////////////////////////////////////////////////


^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
私たちの思い

私たちの街、京都。新しい感覚と伝統が絶妙な調和を生み出し、子どもたちが遊ぶ鴨川のすぐ後ろには低い山々が見渡せて、山の緑と川のせせらぎに心をなごませる毎日。そんな当たり前の幸せを大切にしたい。

私たちが知らないところで、進んでいる梅小路公園内の水族館の建設、岡崎公園のオペラハウス、超豪華なモデル校と窓ガラスを補修することもできない一般校の「格差」、地元商店の閉鎖と他都市から大企業の参入。こんなものは、京都にはいらない!!

今こそ京都市民ひとりひとりが京都を創るとき。
私たち「中村和雄さんを市長にしよう!勝手連」は、どんな政党や組織にも縛られない、ひとりひとりの市民の集まりです。賛同人リストにはお名前のみを記載しますので、肩書きや所属は必要ありません。ぜひ、賛同人になってください!!

>>>>>>賛同人募集メールフォームへ

^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
賛同してくださる方は、メールフォームまたは sando@for-kyoto.net 宛てに「賛同します」というメッセージとお名前をフルネームでお送りください。

皆さまのお名前は、勝手連チラシの裏面、ウェブサイト上に掲載させていただきます。お名前の公表を望まれない方は、その旨お知らせください。
なお、勝手連では、活動資金のためのカンパも募っております。口座などは設けておりませんが、集会などで随時受け付けております。よろしくお願いいたします。

中村和雄さんを市長にしよう!勝手連  http://for-kyoto.net/
賛同人募集メールフォーム http://for-kyoto.net/sando

連絡先:事務局(田中愛子、青木理恵子)Tel: 080-6121-9694
Email: 2012@for-kyoto.net

中村和雄さんのオフィシャルサイトもご覧ください。http://neo-city.jp/

********************************

中村和雄さんを囲んで
~来て、見て、聞いて!!!これからの京都を創るために~

日 時:2011年11月21日(月)6:30 - 8:30 pm (開場6:10pm)
場 所:ハートピア京都 第5会議室
京都市営地下鉄丸太町駅 5番出口すぐ
参加費:300円(会場費カンパ)

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「脱原発」市長誕生は、京都を越え、日本のため、世界のために画期的
守田敏也さん(フリーライター)2011年11月15日

来年2月の京都市長選に向けて、「中村和雄さんを市長にしよう!勝手連」が作られ、僕もお誘いを受けて参加しました。その勝手連の、中村さんを囲んだミーティングが10月30日にありました。僕はそこで中村さんやみなさんに内部被曝の危険性についてのお話をして欲しいと依頼され、レクチャーさせて頂きました。

すると僕の話に中村さんが非常によくうなづいてくださり、かつきわめて深い見識を示されるので正直なところ驚きました。その後、参加者から中村さんのお仲間の弁護士の方々が、被爆者の方たちの原爆症認定訴訟を担ったことを教えてくれて、なぞ?が解けました。なんだ、釈迦に説法だったなと思いました・・・。

放射線の問題はどうしても原爆の問題と絡みます。核戦略そのものとして、「放射線は思ったほど危険ではない」と人々に思わせることが求められてきたからです。アメリカがこれを主導しましたが、戦後、アメリカの最も強い批判者だった「社会主義陣営」のソ連も中国も、この点では見解を等しくしていました。核武装したアメリカ、イギリス、フランス、ソ連、中国がみな、放射線の害を軽く扱う必要があったのです。

それで教科書が作られ、「国際」的に承認されてきた。それがまとめられたのがICRP(国際放射線防護委員会)の考え方で今も日本政府の見解のバックボーンとなっています。この考え方でいけば「微量」の放射線は危険性がないから、ごく少量の放射能を通常でも漏らし続けている原発も危険ではないことになります。

ところがそこで書かれた内容は、被爆者の実情にまったく合いませんでした。というより多くの被爆者が「被爆者」として認められずに切り捨てられてきたし、被爆者として認められた方たちでも、放射線に起因した病に罹っているとして「原爆症」に認定された人はごくごくわずかでした。

よく100ミリシーベルト以下での放射線の害については、データがないと言われますが、まったくのウソです。実際にはデータがないのではなく、意識的にデータをとらなかったのです。広島でも長崎でも、たくさんの被爆者を「あなたは被爆者ではない」と追い返したし、チェルノブイリでも患者群が見つかると、医師たちが飛んで行って、「気の病だ」という診断を下しています。そしてそれらが放射線に関する疫学的な調査からはずされました。

こうしたことが象徴していることが、2003年で、被爆者約25万人のうち、放射線を起因とする病(原爆症)と認定された方がわずかに2000人余りであったことです。なんと認定された被爆者の1%にも満たなかったのです。それが未だにこの国の放射線に対する考え方のバックボーンをなしています。

これに対して、教科書(現在の放射線学)にはそう書かれていても、現に被爆者がこれだけの病を発症しているではないか、それを認めよと長年にわたって活躍されてきたのが、肥田舜太郎医師でした。さらにそうした肥田医師らの活動に支えられつつ、2003年よりはじめられたのが、原爆症認定訴訟でした。国を相手どったこの裁判は、なんと19回の連勝を数えたのですが、その弁護に立たれた方たちは、日本の中で、いや世界の中で最も放射線の危険性を実際の人に即して知っている弁護士さんたちです。

これに対して現代の医師たちの大半は被爆者を診たことがない。いや物理学者も大半は被爆者を診ていない。ほとんどの人がアメリカが書いた教科書から出発しています。

実は脱原発運動の中にもこうした見解はあります。僕自身も恥ずかしながらそうでした。放射線の危険性や内部被曝の怖さを、311まできちんと把握してこれてはいませんでした。そのため原発の危険性は指摘できても、通常運転中で出されている放射能でもかなり危険だということをきちんと批判してこれなかった。僕もまた、被爆者の苦しみと接合しないで脱原発を考えてきたからです。今はそれをとても恥ずかしく思っています。

これに対して、中村さんは自ら訴訟に関わってはいないのですが、お仲間たちと常に問題意識を共有してこられた。そのことで、放射線に対する、現実の、最新の知恵を吸い込むように身につけて来られたのだと思います。僕などより、ずっと見識が深いです。

さらにこうしたことを可能にしたのは、中村さん自身が、水俣病訴訟に関わってこられたためでもあると思います。実際、中村さんは、今の政府の在り方が水俣病のときとあまりにも似ていてぞっとするとおっしゃっていました。だから政府のウソもいち早く見抜ける。

それらから僕は、この方が市長になれば、京都市民だけではない。もっと広範な方、たくさんの方を守ることができるとの非常に強い確信を得ました。僕は311からこれまで、放射線被曝から人々を少しでも守りたいと思って駆けてきましたが、今はそのためになんとしても中村さんに市長になっていただきたいと思っています。

そうすれば、これほどに嘘ばかりつく政府、マスコミ、被曝から人を守らないこの国のあり方に待ったをかける市政が作れる。多くの人々の希望の一里塚になれる。そして(そんな展望などまったく考えもしてこなかったけれど)京都が本当の意味で環境都市として世界にアピールを発する町になることもできるとそんな夢も膨らんでいます。

以上より、僕は「脱原発」市長を実現するために、全力を傾けようと思います。みなさん、ぜひ各地で「脱原発」の町を生み出していきましょう!

ブログ「明日に向けて」 http://blog.goo.ne.jp/tomorrow_2011

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投稿者 : 草加耕助 投稿日時: 2011-10-04 00:51:19 (2940 ヒット)

一坪共有地の明け渡し認める 空港会社提訴6件の1審終了(産経2011.9.28)
http://sankei.jp.msn.com/region/news/110928/chb11092820500008-n1.htm

 成田空港建設に必要な用地取得を困難にするため、反対派が多人数で用地内の土地を分割登記した「一坪共有地」について、成田国際空港会社が地権者(共有者)46人と1団体を相手取り、金銭による賠償を条件に土地の明け渡しを求めた訴訟の判決が28日、千葉地裁であった。三代川三千代裁判長は同社の請求を認め、被告らに買収に応じるよう命じた。

 同社は6カ所の一坪共有地計約0・3ヘクタールをめぐり、今回の被告を含め、計69の共有者と団体に対して同様の訴訟を6件起こしていたが、今回の判決が最後の6件目。2件が和解し、4件は同社側が勝訴した。反対派側は敗訴した4件について、いずれも控訴済みか、近く控訴する方針。

 この日の判決で三代川裁判長は「共有者らは、訴訟対象の土地を現実に使用収益する意思や希望があるとはいえない上、周囲を(飛行機の)誘導路に囲まれた現状では使用収益が事実上不可能」と実情的な面から買収の妥当性を認めた。

 これまで同社は一坪共有地の持ち分を各共有者から買い進めてきたが、同社の持ち分が9割程度と高い割合に達した一坪共有地6カ所について、21年に訴訟を起こしていた。

 ただ、依然として空港用地内に未買収地は点在しており、一坪共有地を含めて計3・1ヘクタール残っていることから、解決にはまだ時間がかかるとみられ、同社は「今後も用地取得に向けて話し合いを進めていきたい」と話している。

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<参考>「2・24三里塚一坪共有地裁判闘争宣言」
2011年2月24日 三里塚・大地共有委員会代表 加瀬 勉

今日、われわれは三里塚闘争一坪共有地1100余名を代表して千葉地裁の法廷に立って闘いを開始する。われわれが法廷に立つとゆうことは空港建設の権力犯罪を告発し彼らを裁く為のものである。裁かれるのは断じてわれわれではない。裁かれるのは彼ら自身である。

三里塚シンポで政府は、三里塚の農民に謝罪した。黒野(空港株式会社)も謝罪した。

だが、彼らは強権政治、政策を改めようとしない。そればかりではない。30万回発着を企んでいる。「共有物分割補償」とゆう法の名をかりて、われわれ一坪共有者を被告に仕立て新たなる土地強奪を企んできた。昨年12月に空港株式会社は、われわれの証人尋問反対を裁判長に文書を持って申し入れた。問答無用とゆうわけである。この権利蹂躙の行為に断固として抗議をする。一寸の土地も売り渡すことはない。これがわれわれの不退転の決意であり、生涯変わらぬ意志であることをかさねて表明する。

われわれは1100余名の全国一坪共有者に心から訴える。権利とは、要求し主張し擁護する活動によってのみその存在意義を発揮する。われわれの主体的行動がなければ権利は消滅し、一坪共有地は彼らの権力の手の中に落ちるのである。一坪共有者の強固な意志と行動で全国戦線を作り上げ、彼らを包囲し追い詰めてゆこうではないか。今日、千葉地裁の法廷にたったわれわれは、その先頭にたって闘うことを誓うものである。

「落花流水」三里塚激闘の40年余、われわれは一度足りといえども目先の困難にひるんだことはない。権力犯罪、強権政治、独裁政治、侵略者はかならず人民の民主的要求行動によって打倒され葬り去られる。これは歴史の教訓であり、法則である。今、新たに起こりつつあるチュニジア、エジプト等中東の人民の闘いを見るがよい。これが強権政治、独裁者の運命であり末路である。おごる自民党政権も権力の座から引きずり下ろされたのではないか。

「三里塚ハブ空港の建設」は、グローバル化を代表する政策であった。われわれは強権政治、支配を許さなかった。強権政治、競争激化の社会、貧困と差別拡大の社会を許し容認するか、それとも共栄、共存、「健康で文化的な生活」の社会体制を選択し創りあげるか。今、その岐路にわれわれは立っている。「三里塚に空港はいらない」「コンクリート社会はいらない」。三里塚に緑の大地を三里塚に緑の田畑を、これがわれわれの要求である。「一坪共有地は断固死守する」。われわれは毅然として千葉地裁の法廷に立って闘いを開始する。

http://blog.livedoor.jp/kyouyutisanri/archives/4451901.html

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投稿者 : 草加耕助 投稿日時: 2011-10-03 21:44:59 (2638 ヒット)

成田空港の一坪共有地、2件目和解…残る4件は今月判決(読売・2011/09/14)
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/chiba/news/20110913-OYT8T01017.htm

 成田空港反対派が用地買収を阻止するために空港建設予定地内の土地を多人数で分割登記した「一坪共有地」の明け渡しを求めていた訴訟で、成田国際空港会社と三里塚芝山連合空港反対同盟熱田派の地権者の男性1人が13日、千葉地裁で和解した。これで一坪共有地を巡る訴訟6件のうち、2件が和解し、残る4件は今月内に判決が言い渡される。

 和解が成立したのは、B滑走路(2500メートル)南側にある土地約155平方メートル。1966年の分割登記時に18人いた地権者のうち、17人が既に引き渡しており、残る18分の1の所有権を持つ男性が和解した。

 空港会社と男性の弁護士によると、和解内容は、空港会社が男性に解決金を支払い、所有権の持ち分は変えずに、男性側が低い花木を育てることを認める、というもの。

 和解の前提となったのが3月に両者で交わされた覚書の実行で、この土地にたっていた反対派の団結小屋の撤去と、中に住んでいた男性の退去が8月末までに行われた。

 和解成立後、弁護士が千葉市内で記者会見し、「一方的な土地の取り上げでなく、あくまでも話し合いで解決していく意志を表したものとして評価できる」と話した。土地については低木や花を植えた公園として年内に整備し、一般開放するとした。

 空港会社の森中小三郎社長は、「引き続き地権者の理解が得られるよう、話し合いによる解決に向けて誠心誠意努力してまいります」とのコメントを発表した。

 一坪共有地を巡っては、空港会社が地権者69人を相手に、金銭賠償と引き換えに引き渡すよう求める6件の訴訟を起こした。うち1件2人は昨年12月に和解し、ほかの4件66人の地権者との訴訟は、今月16、22、28日に判決が言い渡される。

 一坪共有地を含んだ未買収地は、成田空港建設予定地内に約3・4ヘクタールあるが、用地交渉は進んでいない。

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東峰一坪共有地訴訟 被告・弁護団コメント (2011年9月13日 被告農民Iさん名義にて弁護士が発表)

本日、別紙内容の和解で訴訟の終結を迎えたが、実質的に被告側の勝訴と私達は考えている。

理由は

1.原告(NAA)が提訴した全面的価格賠償方式による被告の共有権取り上げをしりぞけ、被告の共有権が従来どおり維持されたこと。

2.18分の1しか所有権を持たない被告が、低花木等を植栽し、今後も本件土地を管理することが双方で合意されたこと、被告側はこの秋にもその費用・労力で本件土地を「小公園」とし、東峰地域の憩いの場として開放する予定でいる。被告側からすれば、かつて団結小屋として使用・管理していた共有地を、地域に憩いの場として今後は使用・管理することにしたということである。

3.原告が、建物撤去費用の18分の17を負担するほか、居住者の退去費用、和解解決金を、被告側に支払って、本件訴訟を取り下げたこと。これは原告側が、今後は本件土地を含む東峰地区において、一方的な土地取上げではなく、あくまで話し合いで解決していく意思を表したものとして評価できると考えたこと。

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注】
本件和解の当事者(被告)のIさんは、反対同盟熱田派に所属する農民ではありますが、空港会社が強制的な土地取り上げのために一斉におこした6件の訴訟の中で、反対同盟の顧問弁護士に依頼せず、独自の立場でいわば「分離公判」をおこない、空港会社とは自分の考えで和解にいたったものです。ゆえに良くも悪くもこのコメントが熱田派の総意や姿勢を示すものではありません。

熱田派は現在、統一的な意思決定機関をもたず、個々の農民の責任で独自に活動しています(事実上の活動休止状態)が、一応それに準ずる立場にある、代表世話人の柳川さんや、反対同盟大地共有委員会の加瀬さんの見解・立場についてはこちらの「三里塚一坪共有地裁判闘争宣言」をご覧ください。

なお、東峰団結小屋に住んでいたのは元赫旗派の方だそうです。団結小屋の取り壊しに当たっては、空港会社が取り壊し費用の18分の17を負担となっていますが、事実上は居住者への補償金なども含め、全額空港会社が出したそうです。

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投稿者 : シンパさん 投稿日時: 2011-09-02 18:13:59 (1460 ヒット)

 私たち「国家による『慰霊・追悼』を許すな!8.15反『靖国』行動」は、今年も、天皇制に反対し、靖国神社に代表されるような国家による死者の「慰霊・追悼」を批判する行動を行なうことができました。

 しかし、本年の行動は、これまでよりもさらに激しい弾圧や攻撃にさらされるものでもありました。そのことの内実を広く明らかにするとともに、こうした事態をつくりだした権力機関や団体・個人を厳しく糾弾せねばなりません。

 天皇制を批判したり、その戦争責任や侵略責任を問う行動は、これまでも公安警察や機動隊による過剰規制に加え、右翼勢力の攻撃にさらされてきました。最近は、こうした右翼勢力に、もっぱらインターネットで流布される虚言によって妄動する「ネット右翼」、そして彼らを現実の場に動員している「行動する保守」を名乗る右翼グループが加わり、私たちや友人たちの行動への妨害や嫌がらせはさらに醜悪なものとなっています。
 今回のデモのさなかに、私たちの行動に対し、襲撃する側が持ち込み、押さえられたとき落としたと思われるナイフが見つかっています。

 私たちは、これまで20数年の長きにわたり、8.15の行動を持続してきました。
 右翼たちの私たちに向けた「殺せ」「殺す」という脅迫的煽動は、「街宣右翼」や「行動する保守」「ネット右翼」たちが相互に顕示を競う中でエスカレートしてきました。しかし、今回ナイフが持ち込まれたことは、デモの参加者に対する、具体的な殺人/傷害が狙われていたと考えるしかありません。これは、右翼たちの行動の最悪の方向への転換の画期を示すものです。

これに対する、警備・公安警察が実施した「警備」の体制はひどいものでした。それは、私たちの行動を抑え込むばかりか、「街宣右翼」「行動する保守」や「ネット右翼」たちにやりたい放題を許すものでもあり、私たちの行動に参加した人々の身体を、彼らの暴力行使による直接的な危険にさらさせるものでした。
以下に、その具体的な実態を示します。

★右翼団体構成員による暴力

 警察は、デモコース最初の、上下4車線の白山通りを封鎖し、驚いたことに上下線の歩道寄りの車線にずらりと右翼の街宣車を配置させました。特に危険だったのは、居並ぶ右翼の街宣車の間から、ひっきりなしに右翼団体構成員が私たちを襲撃してきたことでした。

 この激しいもみ合いの直後に、白山通りから靖国通りに向かう半ばで、デモ隊の歩いている路上にナイフが落ちていたことが、多くの参加者によって確認されています。これは、襲撃者が割って入った機動隊員に取り押さえられた際に、落としたものとしか考えられません。

 脇を歩いていた私服の公安警察官は、この「証拠物」を、何食わぬ顔で拾い上げ自分のバッグに収めてしまいました。このとき襲撃犯が逮捕されたのかどうかすら、現段階では不明のままです(この一部始終は、私たちにより現認され撮影されています)。

 警察は、この事件をなかったことのようにしたいのでしょうか。目前で不法な暴力行為が展開されている以上、警察は、この右翼によるテロ未遂事件の事態の一部始終を厳しく捜査し、襲撃犯の背景、その後の対応について明らかにする義務を有しています。
 右翼は、中身の入ったジュースなどの缶を私たちめがけて投擲してきました。これにより身体に打撲傷を受けた参加者も何人もいました。これが顔や頭部などにぶつけられた場合は、その被害は深刻です。これについても、警察は積極的に捜査を行う義務があります。

 右翼による襲撃により、宣伝カーは蹴られ、叩かれ、横断幕・バナーやパペットなどはデモ行進の開始直後から終了するまで攻撃を受け続け、強奪などもされました。右翼構成員は、大量な機動隊や公安警察官にほとんど規制もされずデモに併進し、暴行や罵声を浴びせ続けたのです。

★「右翼」に対する警察の優遇措置

 警察は、在特会に代表される「行動する保守」や「ネット右翼」のデモに対する妨害のための、彼らとの「ボス交渉」に積極的に応じ、わざわざ公道である歩道や車道の一部を空けて彼ら専用の区域を提供しました。彼らはこうしてしつらえられた安全な空間から、差別と排外主義にまみれた醜いヘイトスピーチを繰り広げたのです。彼らによるヘイトスピーチは、直接的な暴力をほしいままにする右翼団体と、まさに対をなし、暴力を助長するものです。

 右翼によるこうしたヘイトの行動は、多くの国や団体・個人から、国際的にも強く批判を受けているものです。民主主義を標榜する日本のような国家において、警察がむしろこれを助長するような体制を取ることは許されるべきではありません。

★警察によるデモへの弾圧態勢

 私たちのデモは、左右を街宣車と警察車両によって狭められた車線を、さらに戦闘服の右翼団体構成員と装備した機動隊の列にサンドイッチ規制される形で進ませられました。これは、私たちのアピールが右翼街宣車による圧倒的な騒音によりかき消されることを目的とするものでした。

 私たちのデモ行進が、機動隊によって強く規制される一方で、歩道や車道を並行して歩く私服の公安警察官や制服警官は、右翼団体構成員が私たちに暴行を働くのを積極的に制止しませんでした。警察は右翼に自由に行動させたため、その突進に翻弄され、ぶざまに混乱した警備体制を糊塗するため、むしろ機動隊は私たちの行動への規制を強めたのでした。その経過で、右翼や機動隊員に突き飛ばされ、転倒させられた人も多くいました。

 そして、そのような中でも、大量に動員された公安警察官は、ただただ私たちへのビデオや写真撮影などに励んでいたのです。

 私たちは、こうした日本社会における現実を、日本社会、さらに国際的にも広く知らしめることを希望します。民主主義を標榜し、日本国憲法において思想や表現の自由が保障されているにもかかわらず、現実の社会において、実質的にこれを行使することが不可能ないし困難な状況にあることに注目されねばなりません。

 また、インターネットなどにおいては、天皇制や靖国神社などへの批判、外国人やマイノリティの権利の主張を行なう意思表明すら、右翼勢力の執拗な攻撃にさらされ、発言を封じられることもたびたび起きています。

 こうした、直接的・間接的な暴力を含む攻撃が、どのような政治的・社会的立場やイシューに向けられているかは明らかです。右翼組織や「行動する保守」「ネット右翼」などのそれぞれの背景は、政治団体や暴力団、宗教団体、その他の挑発者グループ、なによりこの社会を覆っている差別・排外主義的な政治環境などさまざまですが、この間、彼らにとっての共通の「敵」をしつらえ、実質的に合流した行動をとることが繰り返されています。

 こうした状況は、社会や経済の破綻から「失われた20年」と呼ばれる最近になって、ますます明白に露呈していることです。排外主義は、人間が使い捨てにされ、生をめぐる競争に駆り立てられ、社会的に分断されるところに浸透しています。これは、社会全体が徐々に威圧的となり、軍事的色彩を強めている歴史的時間の中で、いままさに進行している事態です。
私たちは、今回のような警察・右翼一体となった攻撃を強く糾弾します。すべての皆さんがこうした事実を認識し、右翼の暴力や、それを理由とした警察権力の不当な規制をゆるさない声を、それぞれの場で上げていただきたいと思います。

2011年8月26日
国家による「慰霊・追悼」を許すな!反「靖国」行動

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投稿者 : 草加耕助 投稿日時: 2011-08-14 17:21:11 (1235 ヒット)

「枯れ葉剤 北谷に埋めた」 元米軍人証言
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-180512-storytopic-1.html

米国在住の元在沖米軍人男性(61)が、1969年に55ガロン(約208リットル)容量のドラム缶数十本に入った猛毒ダイオキシンを含む枯れ葉剤を米軍が北谷町海沿いの返還地に埋めたと証言していることが、13日分かった。
在沖米軍基地の枯れ葉剤をめぐっては、60~70年代に県内の広範囲にわたる施設で散布、貯蔵、運搬された影響で健康被害を受けたとして、100人以上の元軍人らが退役軍人省に因果関係の認定を求める申請をしていることが明らかになっているが、埋却に関する証言は初めて。
英字紙ジャパンタイムズが同日、68~70年に米陸軍補給部隊で物資の運搬に携わった元軍人が、枯れ葉剤が北谷町内に埋められたと証言したと報じた。

70年に泡瀬通信施設で勤務した際に枯れ葉剤との接触で健康被害を受けたと訴え、沖縄の枯れ葉剤に関する情報を集めている元米空軍所属のジョー・シパラ氏(61)=米ノースカロライナ州=は13日、琉球新報の取材に、今回証言した元米軍人と今年7月に面会し「枯れ葉剤が埋められた場所はハンビー地域」だと地図を描いて説明されたと話した。
シパラ氏が得た証言によると元米軍人は69年、枯れ葉剤を含む物資を運ぶ米軍の貨物船が座礁した際に、船上から積み荷を降ろす作業に従事した。その際、枯れ葉剤が入ったオレンジのしま模様があるドラム缶も取り扱い、その割れ目から漏れた枯れ葉剤を浴びたという。その後、米軍が枯れ葉剤入りのドラム缶数十本を北谷町内に掘った全長46メートルほどの大きな穴にクレーンを使って埋め、土をかぶせたのを目撃したと話している。

北谷町幹部は81年のハンビー地域返還後に土地を再開発した時点では、地中からドラム缶は発見されなかったとしている。2002年には付近にある同町美浜の米軍返還地で油状の物質が入った大量のドラム缶が地中から発見されている。

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投稿者 : 草加耕助 投稿日時: 2011-08-08 21:40:10 (2996 ヒット)

千葉県柏市に全盲の議員誕生。成田市議選における足立まちこさんの勝利に引き続いて、「市東さんの農地取り上げに反対する会」の仲間、内田ひろきさんが柏市議会に堂々の初当選!

市内は東京電力福島第1原発事故の影響で放射線量が比較的高く、いわゆるホットスポットも発見されている。選挙活動では原発問題にほとんど触れない候補もいる中で、内田ひろきさんは反原発をしっかりと打ち出し、「国策と対決するためには三里塚のように闘う必要がある」と訴えた。天神峰現闘本部破壊のニュース翌日の投票における地元千葉での勝利はとても重い。破壊攻撃に抗して一つ押し返した!



柏市議会選挙結果(吉川ひろしのブログ)
http://yoshikawahiroshi.blog61.fc2.com/blog-entry-372.html

8月7日の柏市議会選挙は36人の定数に51人が立候補した激戦であったが、私たちが応援した「内田ひろき氏」が26位(2,455票)で当選した!
内田ひろき氏は柏市議会始まって以来の全盲の市議会議員になる。全盲という障害を持っていることによる不利益を議会活動で被らないように議会事務局は体制つくりをきちんとしてほしい。障害がある人もない人も共に暮らしやすい地域になるように、内田ひろき氏は全力を尽くすでしょう。病院のリハビリ指導員や夜間中学校での指導員の経験も福祉や教育の充実に発揮できるでしょう。
尚、柏市の8月の人口は40万5,853人で有権者数は32万0,781人、投票率は37.62%で史上最低の投票率であった。私は内田ひろきの選対本部長として他の候補者の当落予想も事前におこなったが51人中で3人の当落がはずれた。マー残りの48人の当落は予想通りだったので的中率94%は許容範囲でしょう。市町村合併による恒例の真夏の選挙であったが、とにかく嬉しい結果が出てよかった。


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投稿者 : 草加耕助 投稿日時: 2011-08-07 18:19:24 (1454 ヒット)



 弾劾声明

 8・6現闘本部破壊の暴挙を、反対同盟は満腔の怒りを込めて弾劾する。
 天神峰現闘本部は反対同盟の闘争本部であり、闘いの象徴であった。鉄骨造り建物の中には、旧地主との間に地上権を設定した木造建物が現存したのであり、反対同盟には底地を使う正当な権利がある。

 ところが、空港会社は「へ」の字誘導路の直線化のために、この建物そのものの破壊を企てて裁判を起こした。そして異例ずくめの手続が進行した。一審・千葉地裁は、こともあろうに最重要証人に対する反対尋問も、実地検証も認めず不当判決を下した。高裁はこれを踏襲したばかりか、一審では付すことができなかった仮執行判決を強行した。執行停止申立の結果を待つ反対同盟農民と支援者など50人を高裁フロアーで不当逮捕した。

 授権決定も二転三転である。千葉地裁は、NAAが「滅失」したとして収去の対象から除外した木造建物を勝手に目録に書き加えた。さらに成田治安法による封鎖を解除せずに破壊できるとして授権決定を行った。ところが高裁はこれらの判断が間違っているとしながらも、なお授権決定を強行した。その混乱と不当決定を不服として行った上告のさなかに、建物破壊を強行したのである。

 しかも執行過程は徹底した非公開だったのだ。反対同盟に対して、成田治安法の封鎖解除の通知は無く、執行宣告も立ち会いを求められる事もまったく無かった。それどころか、執行官への面談を要求した顧問弁護団に対して、空港会社職員を名乗る者が問答無用で立ちはだかった。破壊作業は報道陣を排除し、証拠物の木造建物の存在が外部から見られないように建物の南側から鉄骨もろとも破壊したのである。証拠隠滅そのものだ!

 三里塚の歴史は、卑劣で暴力的な権力行使とだまし討ちの歴史だが、現闘本部破壊はその最たるものである。8月6日とはいかなる日なのか? 反戦・反核ヒロシマの日であり、フクシマの怒りを共にして反原発・脱原発を誓うその日である。反戦・反核を担う三里塚支援者の多くが広島に向かうこの日(しかも土曜日!)をあえて選んだ所業はまさに犯罪である。しかも未明の午前4時! まさに「夜襲」そのものである。

 「国策事業」「国策裁判」は、このようにして進められるのだ。原発誘致でも、沖縄を始めとする軍事基地建設でも、そのやり方は同じである。だが、こうした攻撃に屈する反対同盟ではない。建物は不当に破壊されたが、絶対反対で闘う魂は脈々と生きている。

 現闘本部の破壊を急いだ狙いはただ一点。隣接する市東孝雄さんの農地強奪のための威嚇である。反対同盟は、放射能で生活と命を脅かされる福島と全国の農漁民、そして被爆地ヒロシマ・ナガサキ、基地の全面撤去を求めて闘う沖縄の人々と固く連帯し、市東さんの農地を守りぬいて空港廃港へと闘いぬく。10・9全国集会への大結集を呼びかける。

2011年8月7日
三里塚芝山連合空港反対同盟
(連絡先)事務局長・北原鉱治 成田市三里塚115

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投稿者 : 草加耕助 投稿日時: 2011-08-05 22:10:07 (3299 ヒット)

6・11反原発100万人行動の報道において、われらが「三里塚勝手連」の旗が長時間にわたって全国放映されました。
↓後半の新宿東口アルタ前からの中継において何度も登場しています。


Japan anti-nuclear day Tokyo 2011 - Watch more Funny Videos

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投稿者 : 草加耕助 投稿日時: 2011-07-11 18:54:21 (3950 ヒット)

7・18 三里塚緊急現地闘争へ

収去命令決定弾劾!
現闘本部破壊実力阻止の決戦へ!
緊急時現地総力結集を!




 7月4日、千葉地裁民事4部の藤山雅行裁判長は現闘本部の授権決定(千葉地裁の任命する執行官に現闘本部を撤去することができる権利を授ける不当決定)を下しました。
 現闘本部をめぐる攻防は、きわめて緊迫した段階に突入しました。反対同盟は、千葉地裁の不当決定を許さず現闘本部を守りぬいて闘うために、7月18日緊急闘争を決定しました。全国から弾劾の声を!7・18緊急現地闘争に結集を!緊急時には現地総力結集をお願いします。

 天神峰現闘本部は 1966年以来、反対運動の拠り所となってきた建物です。1990年の成田治安法決戦以来、空港会社が手をつけることのできなかった建物です。破壊・撤去など断じて許すわけにはいきません。

 全国の皆さん。決戦の時がきました。万障繰り合わせて、ぜひ結集されんことを訴えます。

【日 時】 7月18日(月)午後1時30分
【会 場】 成田市東峰 反対同盟員所有畑(市東さん宅南)
【主 催】 三里塚芝山連合空港反対同盟
【連絡先】 事務局長・北原鉱治 成田市三里塚115
 E-mail otayori@sanrizuka-doumei.jp


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※「一人」「初めて」という方は「ミクシィ三里塚勝手連コミュ」にご連絡ください。一緒にいきましょう。
※「ミクシィのアカウントもないよ」という方は、この画面下部のコメント欄にゲスト入力で連絡先のメルアド等を書いておいてください。会員としてログインしていなければ管理者が承認するまで表示されませんので、見たら消しておきます。
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反対同盟から全国の皆さんへ
天神峰現闘本部死守! 戦闘宣言


 7月4日、千葉地裁民事第4部・藤山雅行裁判長は、6月9日に、成田空港会社から出されていた「天神峰現地闘争本部建物等の収去命令申し立て」に対して、「収去命令」の決定を行い、反対同盟に送達してきた。

 われわれは5・20東京高裁判決に輪をかけた反動決定を断じて許すことはできない。徹底的に弾劾するとともに、全国・全人民に現闘本部死守決戦への戦闘宣言を発する。反対同盟は体を張り現闘本部防衛の先頭に立つとともに、全国・全人民にこの決戦への決起を訴える。

 まず何よりも藤山決定そのものが権力・司法機関の危機を露呈している。同決定は「(成田治安法による)封鎖処分は建物の取り壊しをも禁止しているものではない」などと荒唐無稽な虚言を吐いて、現闘本部建物の撤去と治安法による封鎖処分という、あいいれない絶対的矛盾を居直っている。

 しかも、鉄骨造り建物の中には登記された木造建物が存在しており、この建物が「取り壊しの対象から抜け落ちている」という破たん点について、「判決のあいまいさ」を自認しながら逆に、「仮に木造建物が存在すればそれも取り壊し対象に含める」と、藤山決定は権限を逸脱して高裁判決を勝手に拡張したのだ。こうまでしなければ「現闘本部収去命令」の決定すら出せないという司法権力の危機の表現であり、デタラメな法的根拠をもってしか「へ」の字誘導路の解消すらできない国土交通省、成田空港会社の末路を示している。

 天神峰現闘本部は三里塚45年の歴史と一体のわれわれの魂である。ここを訪れた労働者・農民・学生・市民の数は数十万人に達するであろう。これらすべての人々の思いの詰まった、三里塚闘争にとって特別な存在だ。だから1990年の成田治安法決戦でわれわれは、当時の運輸省・空港公団を圧倒し除去(撤去)処分を粉砕した。そして今、あの決戦以上の決意で、死守の闘いに立ち上がる。この中で十重二十重の分厚い支援陣形を発展させたい。

 この歴史的決戦を、震災―原発事故という、数千万人民が怒りを沸騰させる情勢下で、さらに沖縄の人々が基地への怒りを噴出させる中で迎えている。「国策」と45年間闘ってきた三里塚が、その真価を発揮できることに武者ぶるいを禁じ得ない。「フクシマの怒り」と「ナリタの怒り」はひとつだ。そして、国家と資本の利益を最優先にし、労働者、農民を虫けらのごとく扱う今の社会のあり方に対して、これを根本から覆す労働者・農民の闘いへの号砲としよう。

 現闘本部情勢はいつ強制撤去に来てもおかしくない完全な決戦に入った。「強制執行」という一報が入り次第、全国から三里塚現地に馳せ参じてほしい。この決戦の中で共に巨大な勝利への展望を切り開こうではないか。以上、戦闘宣言とする。

            7月6日 三里塚芝山連合空港反対同盟

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投稿者 : yukiko 投稿日時: 2011-06-16 17:28:21 (2013 ヒット)

以下、辺野古通信より。抗議をお願いします。

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追加情報【転載歓迎】高江に重機が搬入されようとしています。

追加情報:その後車両は名護を南下したとのことです。しかし監視、警戒は続きます。

今夜10時、高江のヘリパッド建設を阻止している現場に、重機の搬入を強行しようと沖縄防衛局が突如、車列を作って北上しました。

重機を入れることによって、7月になってすぐ、大掛かりな工事をいっきに行うつもりのようです。

現場が素早く対応し、搬入口(N1、N4地点)に人が集まったため、防衛局のトラックは現場に来ず、大宜味の道の駅に結集しています。

隙があれば、直ぐにでも重機を搬入し、いつでも、人さえねじ込めば、やんばるの森を切り倒し、米国のために、巨大なオスプレイの離発着訓練基地として提供しようというのでしょう。朝まで緊張が続きます。

沖縄を蹂躙し、自らノグチゲラ、ヤンバルクイナの重要な繁殖時期と認定し、工事を行わないと決めたこの時期、夜行性の生き物にとって一番音や振動に敏感にならざるを得ない時間帯にあろうことか現場に重機を運び込もうとした非常識極まりない、沖縄の人間、環境への敬意はおろか配慮のかけらもない沖縄防衛局に対して、抗議をお願いします。

 沖縄防衛局
 電話 098-921-8131(9時から5時:それ以外は交換手が出ます)
 fax 098-921-8187(24時間受け付け)


たとえ、今日は止めることができても今後、長期間に渡って、人がその場に立ち、或いは座ることによる非暴力抵抗が続きます。24時間の監視も必要です。

今日は、多くの人達が集まり一旦止めることが出来ていますが、那覇からもはるか遠いこの地で、金と力にモノを言わせ、スラップ訴訟をでっち上げる国に対して、東村の住民はとても無力です。

多くの人々の眼と関心を注ぎ続け、この国を、この島への新たな破壊、継続した暴力、差別的な植民地支配を裁ち切ることに、より多くのみなさんのご協力をお願いします。

沖縄へ、高江へ人を送ってください。カンパもお願いします。
詳細はhttp://takae.ti-da.net/
(現場は、現在対応に忙しく、記事を投稿できていませんが、下記の案内も重要です。ぜひ足を運んで、今の高江の現状を知ってください!)


■6月18日(土)14:00~16:40(13:30開場)
セイピースプロジェクト
シンポジウム
「震災の裏で動く沖縄基地問題 ~普天間と高江のいま~」
【ゲスト】伊波洋一さん(元宜野湾市長)
     伊佐真次さん(ヘリパッドいらない住民の会)
【会場】 駒場国際交流会館多目的ホール

■高江座込み4周年報告会@東村 のお知らせ
日時:7月3日(日) 13:00~16:00
場所:東村農民研修施設(村営グラウンド向かい、公民会2F)
13:00~14:00は音楽イベント
出演:ユール&アミナ(西アフリカ伝統音楽と踊り)
   知久寿焼
   高江婦人会フラ(フラダンス)
14:00~16:00は報告集会
講演:前泊博盛(沖縄国際大学教授)
   ヘリパッドいらない弁護団
   真喜志好一(建築家)

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